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千葉地方裁判所 昭和51年(わ)741号 判決 1979年5月11日

被告人 チッソ石油化学株式会社 外三名

主文

1  被告人岩崎真光を禁錮一年六月に処する。

本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

2  被告人山田敏を禁錮二年に処する。

本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

3  被告人廣田信之を禁錮一年二月に処する。

本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

4  被告会社を罰金五万円に処する。

理由

(序論)

一  本件爆発事故当時における被告会社五井工場の概況

被告会社は、昭和三七年六月チツソ株式会社の子会社として設立され、東京都千代田区丸の内二丁目七番三号に本社をおき、千葉県市原市五井海岸五番地の一に工場を設けて、ポリプロピレン、ポリエチレン、塩化ビニル、アセトアルデヒド等の各種石油化学製品の製造並びに販売を目的とする資本金二〇億円の化学製品製造業者である。被告会社五井工場は、市原市北部にある京葉工業地帯の中心に位置し、工場敷地約四八万平方メートル内に、製造第一部に属するポリプロピレン製造設備及びその原料であるプロピレン等の精製設備並びに造粒設備や、製造第二部に属する塩化ビニル、オクタノール、アセトアルデヒド等の製造設備などを設け、他に総務、経理等を担当する事務部、公害防止等を担当する環境安全部、動力部及び技術研究所の合計五部、一研究所を置き、工場長、工場次長、部長、課長、係長、作業長、作業員から成る職制のもとに前記製品を製造していた。

同工場は、高圧ガス取締法の対象であるポリプロピレン、塩化ビニル、オクタノールなどの各製造設備を有するため、同法による第一種製造業者に指定され、これに伴つて社内で高圧ガス危害予防規定を設けるほか、安全管理の組織として安全管理者規定により、職制に対応して各部、課、係に安全管理者を置き、その管理事務の内容につき五井工場安全管理規定を、一般作業員の作業の安全を確保するため安全作業基準をそれぞれ設け、災害の防止に対処していた。

二  本件爆発事故及び製造第一部レジン第一課の組織等について

本件爆発事故は、右製造第一部のレジン第一課ポリマー第一係が担当するポリプロピレン(以下「ポリマー」と略称)製造設備のなかの第二系列に属するポリマー重合設備(以下「二BC」と略称、「B」は重合、「C」は精製と乾燥の略号)中の六号重合器(以下「六号リアクター」という)の補助冷却装置(以下「スラリークーラー」又は「スラリークーラーライン」と略称)に詰まりを生じたため、昭和四八年一〇月八日、同課ポリマー第一係長であつた被告人岩崎真光が、同係日勤保全担当の班長である被告人山田敏に命じ、右スラリークーラーラインの分解掃除をさせたところ、被告人山田は、配管内の詰りを除去したのち、同日夕刻右ラインの配管内を乾燥させるため配管を切り離した状態のままで作業を中断したが、同日午後一〇時二分ころ停電となつた際、同係の三交替作業に従事するC班所属のサブリーダーである被告人廣田信之が、誤つて右スラリークーラーラインに通ずる六号リアクター下部の緊急遮断弁を開いたため、リアクター内部の大量の液化プロピレンやヘキサンなどの可燃性物質が配管開口部から器外に流出し、空気と混合して爆発混合気体となり、これが風下の隣接する造粒工場内の火源に触れて、同日午後一〇時八分ころ爆発を起し、その結果後述のような被害を生じたものである。

ところで、右製造第一部(当時の部長渡部卓朗)は、ポリマーの重合を担当するレジン第一課(当時の課長海老名正捷)、精製ポリマーの造粒を担当するレジン第二課その他分析課、品質管理課等の五課から成り、レジン第一課は原料の液化プロピレンや溶剤のヘキサン等の精製を担当するモノマー係、ポリマーの重合を担当するポリマー第一係(一、二BCを担当、当時の係長被告人岩崎真光)、ポリマー第二係(三BC担当)及び新規製品開発のためのパイロツトプラントを担当する、パイロツト係の四係に分れていた。

そして、レジン第一課ポリマー第一係は、係長である被告人岩崎の下に、日勤スタツフ三名、三交替勤務の作業員四班二四名、触媒班七名の計三五名から成り、日勤スタツフとしては、係長補佐的立場の鈴木修世、主として一、二BCの保全を担当する被告人山田及び同被告人の指導監督下に保全作業を実施する山川義伸(本件事故当時休暇中)がいた。三交替勤務の作業員はA班ないしD班の四班に分かれ、一BC(ポレエチレン製造設備)及び二BC(ポリプロ製造設備)の運転を担当していたが、一班は、班長、サブリーダー各一名、現場を定時にパトロールなどして現場機器の監視を主任務とする現場係(以下「現場パトロール」という)及びコントロール室でパネル計器の監視を主任務とするパネル係各二名の計六名で編成され、その勤務は、製造設備が二四時間運転であるため、昼勤(「D勤」ともいい、午前八時一〇分から午後四時一〇分まで)、夕勤(「S勤」ともいい、午後四時一〇分から翌日午前零時一〇分まで)、朝勤(「N勤」ともいい、午前零時一〇分から午前八時一〇分まで)の三交替制で、各班が四日間連続して同一時間帯の勤務についたのち、日勤作業及び休暇で二日間を費す四直三交替制と定められていた。

三  被告人らの経歴と職務権限

(一)  被告人岩崎は、昭和四〇年三月、神戸大学工学部工業化学科を卒業し、直ちに右会社に入社して五井工場に勤務し、同四二年一月製造第一部レジン第一課ポリマー第一係となり、同四三年四月同係三交替作業長、同年一二月同係日勤スタツフ、同四七年一〇月同係長及び同工場安全管理者規定による係安全管理者となつた。主な職務としては、同係に属する機器、装置の管理、安全設備の点検整備、運転条件の個別指示、修繕個所・方法の決定、標準操作法の立案・教育・実施、安全衛生教育の立案・実施、係安全衛生委員会(職場安全委員会)の開催、係内の労務管理等である。

(二)  被告人山田は、昭和一九年三月長門工業学校を卒業し、同二一年五月チツソ株式会社の前身であるチツソ肥料株式会社に入社して水俣工場に勤務し、同四四年一二月チツソ石油化学株式会社五井工場に転勤となつて、同四五年一月からポリマー第一係の三交替勤務に就き、同四六年三月から三交替班長、同四八年六月からは同係日勤保全担当者となつた。日勤保全担当者としての職務の主たる内容は、ポリマー第一係長の命を受け、自ら若しくは配下職員の前記山川義伸及び下請の三和工事株式会社の従業員らを指揮監督し、前記安全作業基準その他作業標準書の定めに従つて同係所属機器全般の修理、清掃等の保全作業を担当することである。

(三)  被告人廣田は、昭和三六年三月、中学校卒業後チツソ株式会社に入社して熊本県水俣市にあるチツソ工学校(二年制)に入学し、その卒業後の同三九年二月チツソ石油化学株式会社五井工場の勤務に転じ、試験課を経て同四三年一一月からポリマー第一係の触媒班、同四五年一月から同係の三交替勤務作業員となり、同四八年九月初めから同係C班(班長石原文夫、本件事故により死亡)のサブリーダーとなつた。サブリーダーとは、班長の補佐役で、その職務の主たる内容は、交替勤務に就いた際、班長を補佐し、自ら若しく所属班員を指揮して、担当機器の運転管理・保守等を行うことである。

四  ポリプロ製造設備の概要

レジン第一課ポリマー第一係に属する製造設備は、前記のとおりポリエチレンを製造する一BCとポリプロを製造する二BCとの二系列であるが、これらの設備は工場敷地のほぼ中央に位置する区画内にあり、右区画の東南にこれと隣接してレジン第二課ペレツト第一係所属の造粒工場の区画がある。一・二BCが設けられた区画はその東南側約二分の一の部分に海側から二BC、一BCの順序で設備が設けられ、北西側約二分の一の部分には海側から触媒関係設備、スラリークーラー本体、一BCに属する八号リアクター、コンプレツサー室及びコントロール室などがそれぞれ設けられている。

二BCは、四号ないし七号の四つのリアクターを中心に、多数の塔槽類からなつている機器の集合群であつて、海側でかつコンプレツサー室寄りのところに六号リアクター、その右側(前記造粒工場寄り)にこれと並んで七号リアクター、六号リアクターの南西側に四号リアクター、その右側(造粒工場寄り)に五号リアクターが、鉄骨三階建の塔屋内に四角形にそれぞれ配置されている(別紙第一図参照)。

ポリプロ及びポリエチレンの製造工程はほぼ同一であつて、その概要は、リアクター内において、触媒と、溶剤のヘキサンの存在下で原料の液化プロピレン(以下「プロピレン」という)を連続的に重合反応を行わせ、ポリマーを生成するが、この段階ではポリマーはヘキサンや他の未反応プロピレンの液中に触媒とともに粉状に混入している状態である(この状態の液を「スラリー」と称する)。スラリーはリアクターから連続的に圧力差を利用して次のフラツシヤーに送られ、ここで減圧されて、未反応プロピレンが気化分離され、これはコンプレツサー室に集められて圧縮、冷却ののち、再び液化されてリアクターに戻り、残りのスラリーはホールドタンクを経て精製工程に送られる。そこで、キルタンク(メタノールにより触媒を分離)、加水タンク(苛性ソーダによりスラリーを中和)、デカンター(比重の差を利用しメタノール及び水と、ヘキサン及び粉状のポリプロと分離)、遠心分離器(ヘキサンの分離)、を経て乾燥工程に移り、一次、二次ドライヤーで粉状のポリマーを乾燥させ、バツグフイルターで乾燥気流であるチツソガスを分離したのち、次の造粒工程に送り込む。以上の重合工程から乾燥工程までがポリマー第一係の担当範囲であり、粉状のポリマーを粒(「ペレツト」という)状に製品化する造粒工程は、二BCの東南側に隣接する、前記製造第一レジン二課ペレツト第一係所管のペレツト第一工場で行われていた。

リアクターは、一BCに一ないし三号及び八号の四つ、二BCには前記のとおり四ないし七号の四つがそれぞれ所属しており、本件事故を惹起した六号リアクターは、内径約四・二五メートル、高さ約六・六メートル、容量約八六立方メートルの長円筒形のものである。同リクアター運転中は、普通容量の約八割に当る約六四立方メートル(四〇・二トン)の内容物が保有されており、その液相組成は、ポリマー約一五%(約九・八立方メートル、八・八トン)、プロピレン約二〇%(約一二・六立方メートル、五・四トン)、ヘキサン約六五%(約四一・六立方メートル、二六トン)の割合である(なおほかに触媒が微量入つている)。

五  原料のプロピレンは、本来可燃性ガスで僅かに芳香があり、発火点(自然発火温度)摂氏四一〇度、沸点マイナス四八度、爆発限界(爆発若しくは燃焼が生じる空気との混合比の下限乃至上限の数値)二・四ないし一〇・三容量%、プロピレンガスの対空気比重一・五であるが、リアクター内では一平方センチメートル当り約一〇キログラムの高圧で凝縮させた液化プロピレンとして液状で保有されている。しかし、一たんリアクターから漏洩したような場合には高速で気化し、空気と適当に混合して爆発混合気体となり、火源に触れると轟爆を起こす性質がある。このプロピレンは、高圧ガス取締法上の高圧ガスに該当する。又溶剤のヘキサンは、ノルマルヘキサンが使用されており、これは常温では液体で石油臭があり、引火点マイナス摂氏二六度、発火点二三四度、沸点六九度、爆発限界一・二ないし七・五容量%、ヘキサンガスの対空気比重二・九八で、揮発性・引火性が大きく、リアクターから漏洩すれば、一部がガス化し、爆発混合気体となつて爆発乃至燃焼を起こす性質がある。このノルマルヘキサンは、消防法上第四類第一石油類の危険物に該当する。

六  スラリークーラー及び遮断弁

一BC一ないし三号、二BC四ないし七号リアクターには補助冷却装置がそれぞれ附属している。リアクター内での重合反応は温度摂氏約六〇度、圧力一平方センチメートル当り一〇キログラムの条件下で行うが、反応の性質が発熱反応であるため、リアクター内部に設けられたジヤケツト式循環冷却水による発熱制禦のほか、リアクター外部にも冷却水による冷却場所を設け、ここにリアクター下部から上部に向けスラリーを循環させて補助的に発熱を制禦するものである。原料の充填量を減せばこのスラリークーラーを使用しないで運転することも可能であるが、その場合には当然リアクターの重合能力が低下する。

リアクターとスラリークーラーを結ぶ循環回路をスラリークーラーラインと称するが、一BCの一、二号及び二BC四ないし七号リアクタースラリークーラーライン中には、リアクター上部及び底部にそれぞれ自動遮断弁が設備されていた。本件事故と関係している二BC四号及び六号リアクターのスラリークーラーラインの構造はほぼ共通であるが、その状況は別紙第二図のスラリークーラーライン構造図のとおりである。右自動遮断弁は、本来、危険発生の際リアクターとスラリークーラーラインを遮断し、リアクターから危険物が漏洩するのを防止する目的で設置されたもので、空気圧で作動する自動弁(空気圧が減ずればスプリングの力で自動的に閉止する)であり、その操作は、コントロール室にあるパネルのコツクと、リアクター現場にある現場中間パネルのコツクの双方の操作の組合わせによる遠隔操作方式によるものであつて、遮断弁そのものを手動で開閉することはできない。二BCの場合、コントロール室パネルのコツクは、各リアクター毎に一個(上、下弁共通)ずつ計四個がスラリークーラーポンプの電流計とともに上から順に並べて設けられており(別紙第二図参照)、現場中間パネルのコツクは、各リアクターの上、下弁毎に各一個宛合計八個が、別紙第三図の現場中間パネル表示のとおり設けられている。コントロール室パネルのコツクと、現場中間パネルのコツクとの操作組合わせによる遮断弁の開、閉状況は次のとおりである。

コントロール室パネルコック

現場中間パネルコック

遮断弁

即ち、コントロール室パネルのコツクは元弁に相当しており、このコツクを閉止しておけば、現場中間パネルのコツクを操作しただけでは遮断弁を開放することができず、また双方のパネルのコツクを閉止しておけば、どちらか一方のコツクを開放しても遮断弁は開放せず、二重閉止構造となるものであつた。

七  スラリークーラーの分解掃除作業

スラリークーラーラインは、運転中配管内にスラリーが詰まつてしまう虞れがあるので、平常運転時でも、別紙第二図のサクシヨン洗浄ライン<1>を用いて定時に高圧ヘキサンをライン内に通し、洗浄(フラツシング)するのが三交替勤務者の日常業務の一つとされていた。そして、詰まりが生じた場合は、まず三交替側で同図サクシヨン洗浄ライン<2>やデリベリ洗浄ラインを用いて高圧ヘキサンによる洗浄を行い、或いは同ラインにスラリーを循環させるため設けられているポンプの本体部(以下「ポンプケーシング部」という)の分解掃除などを試みて詰まりの除去に努めるが、それで詰まりが除去できなかつたときは、スラリークーラーの運転停止措置をとつたうえ、係長である被告人岩崎を介して日勤保全担当者に修理依頼をし、日勤保全担当者において、適宜分解掃除、修理等を行うのが原則となつていた。このような詰まりの発生と、これに伴う三交替側による高圧ヘキサンによる洗浄は平素頻繁にあり、特にポリエチレン製造の一BCについては、日勤保全担当側で行う分解掃除の回数もかなり多かつたが、一・二BCを平均すれば、日勤保全担当側で行う分解掃除の回数は、本件事故当時大体一ヶ月二回位の割合であつた。

スラリークーラーは分解掃除作業に関する作業手順を定めたものとして、その標準操作法(作業標準書(その1)七〇三頁以下分類番号七〇〇二に規定)が設けられている。右規定によれば、スラリークーラーの分解掃除に際しては、リアクター内から危険物が漏洩するのを防止するため、作業の準備措置の一つとして、「リアクター入口及び出口弁を閉める。」と定め、作業の急所として、「遮断弁は現場、コントロール室とも〆切る。」と記載して、右遮断弁が二重に閉止されるべきことを要請していた。しかし、右操作法は作業の一応の手順を定めたものであつて、手順の全てについて網羅的にこれを定めたものではなく、とくに右二重閉止の規定については、その操作の主体についての明文を欠くなど、現場の実際の作業によつて補完されるところが多かつた。自動遮断等の二重閉止については、当時現場において、コントロール室パネル盤上に設けられたコツク(以下「コントロール室パネルコツク」という)については三交替班長の指示によりパネルマンが、現場にある中間パネル盤上のコツク(以下「中間パネルコツク」という)については右班長または現場パトロールの作業員が、それぞれこれらを操作することとなつていた。そして、前記のとおりスラリークーラーラインに詰まりを生じたときは、先ず三交替側で高圧ヘキサンによる洗浄を行い、従つて、これに伴うリアクター下部遮断弁の開閉を中間パネルコツクによつて行うことも、また三交替作業員である現場パトロールの者が行うこととされていた。しかし、作業の実情は、分解掃除に当り、日勤保全担当者の側でさらに高圧ヘキサンによる洗浄を試みることもあり、この場合は、コントロール室パネルコツクは開いたまま、中間パネルコツクのみの操作により、後述のようにリアクター下部遮断弁を開閉させて、順洗(下部遮断弁閉)或いは逆洗(下部遮断弁開)を行うことがあり、これが成功しない場合は直ちに分解掃除に移ることがあつたこと、中間パネルコツクのみでリアクターの遮断弁をしめ切つた場合には、右コツクの誤操作により、開口部から高圧のスラリーが流出し、爆発を招く危険があつたが、とくに危険が多い下部遮断弁については、別紙第二図のとおり、その後に手動弁であるポンプサクシヨン弁或いはポンプデリベリ弁があるのでこれらを閉止し、または開口部に盲板を打つことにより、二重閉止の要請は保全担当側限りで一応実現しえたこと、当初からあつた一BC関係のスラリークーラーラインは、とくに自動遮断弁が設けられていた一、二号リアクターについて、リアクター下部からフラツシヤーに至るスラリーの抜出しライン中に、スラリークーラーが設置されていた構造上の特殊性から、右リアクターのクーラー分解掃除については、リアクターの下部遮断弁をしめ切れば、スラリーがフラツシヤーへ流れていかなくなつてポリエチレンの連続的な生産が阻害されることとなるためこれさえしめ切らず、保全担当者において、サクシヨンバルブの閉止や盲板を打つことにより作業を行つていたこと、三交替側で行うこととされていたスラリークーラーライン中にあるクーラーポンプの分解掃除については、コントロール室パネルコツクの閉止迄は要請されず、中間パネルコツクによる下部遮断弁の閉止及びサクシヨン弁、デリベリ弁等の閉止による二重閉止で足りるとされていたこと、などの事情が重なつて、二BCのスラリークーラー分解掃除についても、三交替作業員とくにパネルマンにおいて、前記標準操作法に定めるとおり、コントロール室パネルの当該コツクを必ずしめ切り、かつ分解掃除が終了する迄その状態を保つておく旨の意識が次第に希薄となり、本件事故当時においては、右分解掃除に当り、コントロール室パネルコツクをしめ切らず、現場中間パネルコツクのみによりリアクターの上下遮断弁を締め切つた状態で作業を行う実情にあつた。

(本件事故発生前日までの経過)

昭和四八年九月三〇日午後三時二〇分ころ、地震による停電のため全リアクターの運転が停止され、停電に伴う緊急措置が講じられた。その後運転開始のための点検措置を行つたうえ、一〇月二日午前二時三〇分ころ、二BC六号リアクターの運転を再開したが、同リアクターのスラリークーラーは、詰まりを生じていたためこれを使用しないで運転が行われた。一〇月四日から五日にかけて、被告人山田は、被告人岩崎の命により、下請の三和工事株式会社の作業員鳥海松雄ほか二名を補助者として、六号リアクタースラリークーラーの分解掃除を行い、五日には配管内の空気乾燥措置(これをエアプローと称する。)を行つたのち、同日夕方三交替側に引き継ぎ、一〇月五日午後六時ころ、当日の三交替夕勤当番の被告人廣田らが六号リアクタースラリークーラーの運転を再開したが、二時間後の同日午後八時ころ同クーラーは再び詰まりのため停止したので、同クーラーの停止措置をとつて次直に引継いた。同月六日午前三時ころ、次直の朝勤当番の金子常夫班長らが、高圧ヘキサンで同クーラーの洗浄を試みたが、詰まりは除去できなかつた。そしてその間、同クーラーの運転及び停止に際しては、遮断弁は総て現場中間パネルのコツクの操作のみで開閉がなされ、コントロール室パネルのコツクは常に開放の状態であり、とり分け被告人山田が一〇月四日から五日にかけて分解掃除をした際も、現場中間パネルのコツクを閉止しただけでクーラーの分解掃除を行つていた。一〇月六日(土曜日)午後、被告人山田は他の用務で特別出勤した際、六号リアクタースラリークーラーが詰まりのため再びストツプしていることを知り、同日午後二時ころから午後三時四五分ころまでの間、前記鳥海ほか二名を補助者として、同クーラーについて、高圧ヘキサンによる洗浄を試みたが効果がなかつたので、同月八日に分解掃除をすることにして作業を中止した。

(罪となるべき事実)

前記のとおり、被告会社は、千葉県市原市五井海岸五番地の一に同社五井工場を設けて、ポリプロ、ポリエチレン、塩化ビニル、アセトアルデヒド等の石油化学製品の製造事業を営むもの、被告人岩崎真光は、同工場製造第一部レジン第一課ポリマー第一係長及び同工場内部規定による係安全管理者として、同係に属する一BC、二BCなどの機器の運転管理・保守、標準操作法の教育、実施及び係内において、高圧ガス等による危害を予防するための安全に関する事項を管理する業務に従事していたもの、被告人山田敏は、同係日勤保全担当者として、被告人岩崎の命を受け、自ら若しくは部下を指揮監督して、同係所属機器全般の修理、清掃等の保全作業を担当業務としていたもの、被告人廣田信之は、同係三交替作業C班のサブリーダーとして、一BC、二BC機器の運転・保守等の業務に従事していたものであるが、

第一  前記のとおり一BC、二BCの各リアクターには、ポリプロの原料として、高圧ガス取締法上の高圧、可燃性ガスであるプロピレンを、一平方センチメートル当たり約一〇キログラムの高圧で凝縮させた激発物の液化プロピレン及び溶剤として消防法上の危険物であつて揮発性、引火性の大きいこれも激発物であるヘキサンが大量に保有されているところ、各リアクターに付属している前記スラリークーラーは、詰まり除去のためその配管等を分解のうえ掃除を行うことも度々あり、このような分解掃除作業の場合、そのバルブ・コツク及び配管の開閉如何では、リアクターと接続しているスラリークーラー配管の開口部を通じ、右液化プロピレン及びヘキサンが大量に大気中に漏洩して急速にガス化し、空気と混合して爆発混合気体となり、電気火花等により容易に着火爆発し、重大災害をもたらす危険が大であるので、スラリークーラー分解掃除作業に当り、そのバルブ・コツクの操作、配管の分解には万全の注意を払い、十分な安全措置を講じて、災害の発生を未然に防止しなければならないものであるところ、

一  被告人岩崎は、被告会社の業務に関し、昭和四八年一〇月八日、同工場において、被告人山田を作業指揮者と定め、同被告人及び部下職員をして二BC六号リアクター附属のスラリークーラーの配管等の分解掃除作業を行わせるにあたり、一個のコツクによりバルブを閉止させるだけでは、現場作業員がこのコツクを誤操作した場合等に、リアクター内の液化プロピレン及びヘキサンがスラリークーラー配管開口部を通し大量に大気中に漏洩する危険があるから、右分解掃除作業につき、バルブ、コツクの二重閉止の手順を定めた前記標準操作法の規定について日ごろからこれを厳に現場作業員に教育して遵守させ、かつ、現場には作業員が誤操作する虞のある前記中間パネルのコツクもあるので、労働安全衛生規則第二七五条に、化学設備の配管の分解清掃の際誤操作による危険防止のため当該作業指揮者としてはバルブ、コツクの閉止のみならず、閉止したそのバルブ、コツクに施錠若しくは開放禁止の表示等をし、または監視人を置かさせなければならない旨定められており、かつ同被告人も係安全管理者として安全設備の点検、整備の責任を有するのであるから、日ごろからバルブ、コツクを閉止したときはこれに赤テープなどを用いて開放禁止の表示をするように厳に指示、監督すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前記のとおり、標準操作法では、スラリークーラー分解掃除作業の際には、スラリークーラー配管と接続するリアクター上部及び下部に設備されてある前記空気圧式自動遮断弁の、現場中間パネルコツク及びコントロール室パネルコツクの双方を閉止すべき旨定めてあるのに、右定めが作業員により遵守されておらず、実際上はコントロール室パネルのコツクは開放し、中間パネルコツクのみを閉止した状態のまま作業が行われていることを知りながらその是正措置をとらず、かつ、右現場中間パネルには二BC四号ないし七号リアクターの各上・下遮断弁合計八個のコツクが集中して設備されてあつて、現場作業員が機器の運転操作中誤つて他のコツクを開放する虞があつたにもかかわらず、被告人山田をして閉止した二BC六号リアクター遮断弁の現場中間パネルコツクに開放禁止の表示の措置をとらせず、もつて爆発性、引火性の物等による危険防止に必要な措置を講じなかつた過失、

二  被告人山田は、同日午前八時三〇分ころから、同工場において、下請会社である前記三和工事株式会社の作業員三名を使い、自ら前記六号リアクタースラリークーラーの分解掃除を開始し、同日午前中右リアクターの北側に設置された同リアクターのスラリークーラー本体を分解、水洗して清掃したが、格別詰まりもなかつたため、午後からこれを再び組立てて、さらに同月四日、五日に行つた右クーラーの分解掃除の際、同リアクター下部遮断弁下のフランジからクーラーポンプに通じている長さ約二・九メートル、内径一四・五センチメートルのサクシヨンパイプの清掃をしていなかつたため、右パイプとクーラーポンプの中間にあつてこれらを接続しているポンプ短管(長さ約二三センチメートル)を取外し、同パイプのクーラーポンプ側に設けられている手動バルブであるサクシヨンバルブ(内径一二五ミリメートルのボール弁)を操作してこれを開いたうえ、同パイプ内のスラリーを抜きとり、さらに右パイプを下部遮断弁下のフランジから取外してみたところ、その入口から三〇センチメートルの曲りの部分に円錐状のスラリーの塊りが詰まつていたので、これをスパナの柄で砕いて取除き、窒素ガスで管内を清掃した。その後右パイプの前記サクシヨンバルブを開放したままにして同所に置き、クーラーポンプの吐出側にあるポンプデリベリ弁(以下「デリベリ弁」という)の上のフランジを外し、そこから既に分解修理していたクーラーポンプ目がけて窒素ガスによるいわゆるチツソブローを試みたところ、ポンプ内に残つていた水が飛んで、開いたままの状態になつていた前記サクシヨンバルブ内に入つたため、これを布切れで拭きとつたのち、右パイプを下部遮断弁下のフランジに再び取り付けた。そして、先に取外しておいた上部遮断弁上のベント部分(別紙第二図のE―D)のクーラー本体寄りのフランジ部分(同図D)と、前記デリベリ弁上の切離したフランジ部分にそれぞれビニールホースを繋ぎこれをエアブロアーに接続して、クーラー本体の入口弁を取外したところからエアを吹き出す方式により、いわゆるエアブローを仕掛けたところで既に午後四時を過ぎるころになつたが、その際配管開口部としては、上部遮断弁上にある右ベント部の同弁寄りのフランジ部分と、下部遮断弁に接続する前記サクシヨンパイプ開口部(サクシヨンバルブ)の二個所であり配管中分解されていた個所は、前記エアブローの吹入れ口二個所と切りすて口一個所のほか、サクシヨンパイプとクーラーポンプの間を繋ぐ前記ポンプ短管が取り外されたままとなつていた。

ところで、被告人山田としては、右作業の実施に当り、たとえバルブ、コツクの誤操作が行われたときでも、災害の発生を未然に防止できるように、前記標準操作法に定められたとおり、同リアクター遮断弁については、現場中間パネルのコツクのみならずコントロール室パネルのコツクも閉止してあるかどうか確認のうえ、これが閉止されていない場合は、三交替作業長若しくはパネルマンの注意を喚起し、同人らがこれらを二重に閉止したことを確認して始めて作業を開始するか、または現場中間パネルの閉止のみに止るときは、これと併せて配管開口部手前のバルブ(サクシヨンバルブ)を閉止し、或いは配管開口部に盲板を施すなどして、必ず二重閉止するようにし、さらにこれらの安全措置を講じないまま作業を中断する場合は、バルブ、コツク及び配管の開閉状態を確実に次直の三交替作業長に申送りすべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、平素右作業に際し、リアクター遮断弁のコントロール室パネルコツクが開放されたままであることを知りながらその閉止を確認をしないで、単に現場中間パネルコツクが閉止してあるのを確認しただけで作業を開始し、かつ、前記のとおり同日夕刻の作業終了時点においては、同リアクター下部遮断弁下のフランジに取り付けたサクシヨンパイプは、これとクーラーポンプとの間を繋ぐポンプ短管が取外されていたうえ、右開口部手前に設けられたサクシヨンバルブも開放されたままであつて、若し中間パネルコツクの同リアクター下部遮断弁のコツクが誤操作されれば、右サクシヨンラインのポンプ寄りの開口部(サクシヨンバルブ開口部)から大量のスラリーが流出し、大惨事に至る事態が予想されたのに、前記エアプローが終了する翌日昼過ぎころ迄はスラリークーラーは使用しないし、また前述のとおりサクシヨンバルブに少し水が入り、水分が配管中に残つていると触媒の効力が低下するためこれを乾燥する必要があつたが、既に同パイプの一端は下部遮断弁下のフランジに取り付けてしまつていたところから、サクシヨンバルブ開口部より下部遮断弁の方に向けて窒素ブローをしても効果が少ないと考え、又同日午後五時から同工場労働組合の代議員会が開催され、同被告人もこれに参加する予定であつたところから、右パイプを再度取外して自然乾燥を行う一方、下部遮断弁下のフランジ部分に盲板を打つという、乾燥及び安全にとつて最も適切な手段をとることなく、漫然右サクシヨンパイプをバルブ開放のまま自然乾燥させることと決めて右バルブを閉止せず、その開口部に盲板を施さないで同日午後四時一五分ころ作業を中断したにもかかわらず、そのころ前記コントロール室において、同日午後四時一〇分以降の次直夕勤の三交替班長であつた石原文夫(死亡当時二八歳)に対し、六号スラリークーラー詰まり掃除中、エアブロー中なる旨を記載した保全日誌の写を渡し、単にエアブロー中であると申し継ぎ、また同室階下の黒板にエアブロアーのホースを繋ぎ込んだ状況を図示して、その上に「2B―E20エアブロー中」と六号スラリークーラーがエアブロー中である旨記載しただけで、次直の三交替勤務者に対し、現場中間パネルコツクによる遮断弁の閉止のほかには、スラリーの流出を防ぐ何らの手段も施されていない前記バルブ及び配管の状態を確実に申し送りしなかつた過失、

三  被告人廣田は、同日午後四時一〇分ころから、夕勤であるC班のサブリーダーとして、同工場の前記一BC、二BC機器の運転・保守等の勤務に就いたものであるが、運転機器のバルブ、コツクの取扱いに当たつては、誤操作をしないよう細心の注意を払つてことにあたるべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同日午後九時五五分ころから、前記六号リアクターの東南側隣りの四号リアクターのスラリークーラー洗浄作業を行い、前記現場中間パネル中の同リアクター下部遮断弁のコツクの開閉操作をしたが、同日午後一〇時二分ころ同工場レジンA線が停電し、同リアクター付近一帯の照明が非常灯を残して消えた際、一たん閉止しておいた同リアクターの下部遮断等のコツクを元戻りに開放しようとして、誤つて同コツクの下部に設置されていた六号リアクター下部遮断弁コツクを開放し、当時右リアクター下部遮断弁を唯一遮断していた右コツクの作用により同リアクター下部遮断弁を開放させた過失

の競合により、同時刻ころ、前記サクシヨンパイプ開口部を通して六号リアクター内の激発物である大量の液化プロピレン及びヘキサンの大半を大気中に噴出させ、右液化プロピレンは直ちにガス化し付近に拡散して爆発混合気体となり、同日午後一〇時八分ころ、二BC東南側に隣接するベレツト第一係ベレツト工場内押出機のマグネツトスイツチのリレー火花若しくは同機のヒーター熱によつて着火爆発し、よつて右爆発に伴う高熱及び爆風等の衝撃により、別紙一記載のとおり、同工場内の作業中のポリマー一係三交替班長石原文夫(死亡当時二八歳)ほか三名を死亡させ、別紙二記載のとおり、同じくペレツト第一係作業員牧尾正明(当時四八歳)ほか七名に全治約三か月間ないし一〇日間を要する傷害を負わせ、別紙三記載のとおり、ペレツト一係ペレツト工場ほか一一棟の、人が現在し、又は他人の所有にかかる人が現在しない建造物を損壊した

第二  被告会社は、その従業員である前記岩崎が被告会社の業務に関し、同日、同工場において、前記山田敏を作業指揮者と定め、前記六号リアクタースラリークーラー配管等の分解掃除作業を行わせるにあたり、同人をして、閉止した同リアクター遮断弁の現場中間パネルコツクに赤テープなどを貼付してなす開放してはならない旨の表示をさせず、もつて爆発性・引火性の物等による危険防止に必要な措置を講じなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(公訴事実について)

一  検察官は本件公訴事実第一において

(一)  被告人岩崎には、スラリークーラの分解掃除作業に当りバルブ、コツクの二重閉止の手順を定めること、バルブ、コツクにつきこれを閉止したときは労働安全衛生規則の定めるとおり、現場の作業指揮者をして、これに施錠若しくは開放禁止の表示等をさせる注意義務が前判示の注意義務と並んであつたと主張している。

しかし乍ら、昭和四六年五月七日に制定された五井工場職務権限規定中の個別権限基準「運転」の項目には、標準操作法の作成及び変更は係長立案、課長決定と定められており、係長である被告人岩崎には、右規定の文理上、右操作法の立案権のみが与えられていることになつている。尤も同被告人は判示冒頭記載のとおり、係長任命と同時に係安全管理者にも任命されており、昭和四六年七月二八日制定された五井工場安全管理規定一二条五項には係安全管理者の行うべき事項として、「作業標準の作成と教育の実施」が掲げられており、証人海老名正捷、同東広已の当公判廷における各供述によれば、右の「作業標準」とは、前記権限規定のそれと同一の、いわゆる「作業のマニユアル」と同義と考えられるところ、右安全管理規定は前記権限規定より後に制定、施行せられたものではあるが、右管理規定七条に「各部、課、係の安全管理の実施は、職制を通じてこれを行わなければならない。」と規定されているため、現実には職務権限規定が右安全管理規定に優先するものと考えられ、権限規定の範囲内において右管理規定を解釈、運用するのが実情であつたと認められる。してみれば、右管理規定上は恰も係長である被告人岩崎にマニユアル作成の権限があるかのように窺われるが、これを権限規定に照らしこれと調和的に解釈するときは、同被告人については矢張り作業標準作成迄の権限はなく、その立案権があるに留まるものと解さざるをえない。従つて、同被告人は、現場作業の実情に適する二重閉止の措置、例えばサクシヨンバルブの閉止、その他配管開口部の盲板打ちなどにつき、これを作業マニユアルとして立案のうえ上司たるレジン第一課長に決定を求める義務があつたというべきであるが、右は本件訴因の拘束力の範囲を超えるものであるからこれを認定しなかつた。

次に右証人海老名の供述によれば、現場内における簡易な作業の手順などの、マニユアルとして書面化することを要しない程度のものは、係長限りでその取扱いを定めることができたと認められ、又前記安全管理規定一二条二項には、「建築物、設備、作業場または作業方法に危険がある場合の応急措置または適切な防止措置」をする義務が係長に存する旨規定してあり、これは権限規定中共通権限事項「安全」の項に、「安全設備の点検、整備」の決定権限が係長にあることから考えれば、閉止した現場中間パネルコツクに赤テープなどを貼りつけることによつて、これが閉止されていることを表示する程度のことは、敢てマニユアルとして書面化するために、これを立案、決定する迄の必要はなく、係長限りで決定、実施しうるものと解するのが相当であるが、他面、検察官主張の如く、同被告人が、現場中間パネルコツクに施錠をせしめる義務を有していたとの点については、右権限規定中個別権限、「補修」の項に、改造個所方法の決定権が課長にあるとされていることから考え、設備の何らかの改造を要する右パネル板上のコツクの施錠の如きは、係長たる同被告人の権限に属しないものではないか、との疑問が存する(なお、検察官は、右コツク閉止表示義務は労働安全衛生規則二七五条のみから生ずる如く主張しているが、以上により明らかなとおり、同条及び同被告人が係安全管理者として有する安全設備の点検、整備の権限に由来するものと解するのが相当である。)。

以上により、二重閉止の作業手順を定める義務及び閉止したバルプ、コツクに現場作業指揮者として施錠せしめる義務の二つについては、同被告人の注意義務の内容となりえないと認定した。

(二)  次に被告人山田の注意義務について、検察官は被告人山田にも、前記労働安全衛生規則二七五条所定の表示義務があると主張する。

成程同条によれば、前述のとおり、被告人岩崎は被告人山田をして前記表示をさせる義務を負うものではあるが、後述のごとく右措置履行者は被告人岩崎であつて山田ではない。故に山田は独立して右表示義務を負うものではなく、被告人岩崎の命令によつてこれを負うものであるが、本件においては、岩崎の現実の命令がなかつたので、被告人山田については、右注意義務の存在を認定しなかつた。

(本件争点について)

一  二BC六号リアクターの上下緊急遮断弁の二重閉止について

判示冒頭記載のとおり、リアクターのスラリークーラーライン分解掃除作業に際しては、コントロール室パネルコツク及び現場中間パネルコツクの双方により遮断弁を二重に閉止すべきことが作業標準書(その1)分類番号七〇〇二に規定されているが、本件事故当時コントロール室パネルの六号リアクター上下遮断弁コツクが閉止されていたか否か、又この種の作業について、日頃マニユアルどおり右二重閉止が励行されていたか否かの点については争いがあるので、以下この点について判断する。

(一)  弁護人らは、本件スラリークーラーの分解掃除作業の際、六号リアクタースラリークーラーのコントロール室パネルコツク及び現場中間パネルコツクはマニユアルどおり二重に閉止されていたとし、その根拠として次のように主張する。

(1) 被告人山田の分解掃除作業の終了後、同日夕勤の被告人廣田が、午後九時五五分ころ、六号リアクターの隣りで同リアクターのコントロール室寄りに位置する四号リアクタースラリークーラーの洗浄を開始したが、その洗浄ラインに設けられているバイパス弁の開閉状況からみて、いわゆる順洗を終了したのち、逆洗を開始したか、或いは逆洗を終了したかの何れかの状態にあるとみられるから、逆洗を始めるに当り、それ迄閉じていた四号リアクター下部遮断弁を開にしようとして、誤つて現場中間パネル四号リアクター下部遮断弁コツクの下方にある、六号リアクター下部遮断弁コツクを開き、その後、四号リアクターに戻り逆洗を開始したものと考えられる。してみると、仮りに、六号リアクタースラリークーラーのコントロール室パネルコツクが、検察官主張のように当時既に開いていたとするならば、コツクを操作したのち遮断弁が開く迄に約三〇秒を要し、全開後は全量が二、三分間で流出するとされている(前掲通産省事故調査委員会作成の事故調査報告書)から、被告人廣田は、逆洗中に大量に流出するスラリー中のヘキサン臭に必ず気付く筈であると考えられるが、同被告人は右作業中ヘキサン臭に気付いていないこと、

(2) 検察官は、被告人廣田の誤操作時、同被告人はいわゆる順洗中であり、この段階では六号リアクターの現場中間パネルコツクは開いていなかつたというが、デリベリ弁側の高圧ヘキサン洗浄ラインに設けられているバイパス弁が全開となつていること(この弁は順洗の際は普通使用しない)、サクシヨン側の同洗浄ラインのバイパス弁が閉じられていること(この弁は順洗の際は開いている)、又右主張のとおりであれば、被告人廣田は、停電により急拠コントロール室へ戻るべき筈であるのに、わざわざ現場中間パネルコツクの四号リアクター下部遮断弁を開き(実際は前記のとおり誤操作した)、その後又現場へ戻りサクシヨン側洗浄ラインのバイパス弁を閉にするという無用の仕事に時間を費したこととなるが、この行動は極めて不合理、不自然であること、

(3) 次に検察官は、本件停電の直前若しくは直後に、被告人廣田により右コツクの誤操作がなされスラリーの大量流出を招いたと主張するが、若しそうならば、停電は一〇月八日午後一〇時二分ころであるから、右流出時間との関係上同日一〇時五分ないし六分ころには爆発が起つていなければならないこととなるうえ、六号リアクターレベルメーターの記録紙を検討すると、爆発の二、三分前に至り始めて大量流出が開始された様子が窺われること及び前掲科学捜査研究所研究員作成の「検査結果について」と題する書面によれば、六号スラリークーラーの爆発後のスラリー残量は約四割であるので、全量流出前爆発したのであり、この点からみても操作後二分三〇秒程度で爆発したと考えざるをえないから、検察官の右主張を前提とすれば、被告人廣田の誤操作後、何人かの行為によつて、同日午後一〇時五分三〇秒前後ころ、もともと閉となつていたコントロール室パネルの六号リアクター遮断弁コツクが開かれたと推認することが可能であること、

(4) 以上により、被告人廣田が誤操作した際は、マニユア通りコントロール室パネルの六号リアクタースラリークーラーの遮断弁コツクは閉止されたままになつていたものであり、当公判廷において、関係各証人は全てこれを裏付ける供述をしており、被告人岩崎、同廣田も同様であるうえ、とくに被告人山田は、一〇月六日に、六号リアクタースラリークーラーの配管を高圧ヘキサンで洗浄(以下「ハイプレツシヤー」という)した際、同リアクターのコントロール室パネルコツクを自ら閉とした旨供述しており、その後同月八日に至る迄の間、右パネルコツクが同様閉の状態にあつたものと信じていたため、一〇日朝、右コツクの閉止を確認しなかつたものである。

(二)  当裁判所の判断

1 前掲各証拠によれば、

(1) 被告人廣田は、昭和四八年一〇月八日午後四時一〇分から、三交替C班のサブリーダーとして、石原文夫班長(死亡当時二八歳)のもとで夕勤の勤務についたが、その際、一BCパネル監視員は田中勝幸、同現場パトロール員は淵上義人(死亡当時四三歳)、二BCパネル監視員は原田雄介、同現場パトロール員は本井藤也であり、班長の石原は主として一BC全体を、サブリーダーの廣田が主として二BC全体をそれぞれ担当することとなつた。

(2) 同日午後九時五五分ころ、二BCパネルマンの右原田は、四号リアクターの内温が上昇しかつ同リアクターの電流計の針が下つているのに気付き、同リアクタースラリークーラーに詰まりを生じたものと判断して、コントロール室にいた被告人廣田に右クーラーラインの洗浄方を依頼した。

(3) そこで、被告人廣田は、直ちに同所東方約六〇メートルの地点にある二BC四号リアクターへ赴き、同リアクター下部の高圧ヘキサンによる洗浄ラインのうち、サクシヨン側にあるバイパス弁(別紙第二図<2>のバイパス弁)を開としたうえ、一たん同所から約二〇メートルコントロール室寄りに設けられている現場中間コツクのパネル(別紙第一図参照)迄戻り、同パネル上の四号リアクター下部遮断弁のコツクを右へ九〇度廻して閉とし右遮断弁閉止の措置をとつたのち、再び四号リアクター迄引き返し、同リアクター下部から上部に向けて高圧ヘキサンを流しハイプレツシヤーをしたが、その際洗浄の圧力を昂めて効果を上げるため、ポンプデリベリ弁(別紙第二図参照)を約三分の一位絞つていわゆる順洗を試みるなどしているうち、同日午後一〇時二分ころ、同工場内A変台変圧器の故障により、工場内のA線(東京電力よりの買線)が停電をし、これに接続しているこの区域全体の照明も消え、代りに非常灯が点灯したが、照明度は格段に劣るものであつた。

(4) 被告人廣田は右停電の直後に現場中間パネルの四号リアクター下部遮断弁のコツクを閉から再び開へ戻そうとして、誤つて同コツク下方に設置されていた六号リアクター下部遮断弁のコツクを開としてしまつたのであるが、停電のため緊急措置について石原班長より指示を受けるべく、急いでコントロール室へ立ち戻つた。

(5) 一方停電発生時、コントロール室には一階東側窓際の机のそばに班長の石原が、一、二BCの各パネルの前に前記各パネルマンが、一BCパネルマンの前記田中勝幸のそばに一BC現場パトロールの前記淵上が、同室隣りの休憩室に二BC現場パトロールの前記本井がそれぞれ位置していたところ、停電により同室内の照明も一たん消えたが、右パネル計器盤の照明は直ちに自宅発電に切り換えられた。そして石原班長が、停電時における緊急措置としてパネルマンに緊急パージ(スラリーの緊急器外排出)を命じたのをきつかけとし、前記二BCパネルマンである原田は、標準操作法分類番号四一〇一に規定する全停電法に従い、直ちに二BCの四ないし七の各リアクター毎に一個宛設けられている緊急パージのコツクを徐々に開き、次いで四、五号リアクターと六、七号リアクターの各パネルの中間にあるパネル上に設けられたポイズン(反応停止剤)コツクのうち、先ず六、七号リアクター附属のポイズンコツクを開放し、次いで四号リアクターの同コツクを開こうとした際、被告人廣田が同室二BCリアクター側の入口から入つてきて、「四号は元弁が閉つている」といつて、四号リアクター附属のポイズタンク現場元弁が閉止されていることを告げたため、原田は同被告人にこれを開放してくれるよう依頼をした。そこで同被告人は直ちに二BC現場へ引き返し、二BC三階デツキ迄上つて四号リアクター上部にあるポイズンタンクの元弁を開いたのち、同建屋西側の階段を下り切つたとき、強いヘキサン臭を感じたため、リアクターからスラリーが漏洩していることを直感して大急ぎで右コントロール室へ立ち戻つた。

(6) 他方休憩室にいた前記二BC現場パトロール員の本井は、停電と同時に工具類及びライトを持つて二BCの現場に向かい、同建屋二階デツキで四、五、七の各リアクターを右の順序で、全停電法に従い各リアクター緊急パージ弁の開放の確認、メカシール弁の閉止、メカバランス弁の開放等の作業をリアクター毎に約一五秒程度の時間を費して、四、五、七号リアクターを終え、六号リアクターに至つたとき、強いヘキサン臭を感じ、スラリーの漏洩に間違いないと考え、六号リアクターの措置を終えたのち、大急ぎでコントロール室に戻つていつた。

(7) 前記二BCパネルマンの原田は、被告人廣田が出ていつたのち、二BC右側パネルの四号及び五号リアクター関係パネル盤上にある右各リアクター関係のフイード弁(原料供給弁)を引き抜いて閉とし、次いでフラツシヤーの圧力が上がつたので、緊急パージを行なつてその圧力を減じたのち、さらに左側の六、七号リアクター関係パネル盤上の右各リアクターフイード弁を引き抜こうとした際、被告人廣田が二BCリアクター側の入口から入つてきて、「石原さんガス洩れがしている。」と叫んだ。

(8) そこで、石原はパネルマンにスプレー(噴散水)を命じ、これに応じて原田は一BCパネル盤上に設けられた一・二BCのスプレーボタンを押した。石原と被告人廣田は、そのころ相前後して同室コンプレツサー室側の出入口から二BCの方へ向かい、これらと入れちがいに前記本井が同室に飛び込んできたが、その時刻は、丁度午後一〇時八分ころであつた。

(9) その間、同日午後一〇時二分ころの停電時における被告人廣田の前記誤操作により、六号リアクタースラリークーラー下部遮断弁が開放されたが、空気圧式自動遮断弁の特性上、中間パネルコツクの操作後一二七秒してこれが全開となり、その後二、三分間で器内スラリーの大半が器外に流出し、高圧下で液化していた約五屯のプロピレン及び約二六屯のヘキサンの大半は流出と同時に急速に気化し、空気と混合し乍ら、折から秒速三ないし六メートルの北西風により、地表に沿つて六号リアクター東南方約五〇メートルのペレツト工場内に吸引され、又一部は道路を隔て西方約一五メートルの地点にあるコンプレツサー室に吸引されて各所に爆発混合気体をつくり、同日午後一〇時八分ころ、当時運転稼動中であつた前記ペレツト工場内東側八ないし一〇号押出機のマグネツトスイツチの火花若しくは同機の電気ヒーターの火熱の何れかにより着火し、これが瞬時に二BC周辺に存在する爆発混合気体を介して前記コンプレツサー室の誘爆を招き判示の損害を生じた。

以上の事実が認定できる。

2 そこで以上の経過に則して弁護人の主張を検討してみる。

(1) 被告人廣田の四号リアクタースラリークーラーの高圧ヘキサンによる洗浄の手順とその時間的関係について

(イ) <1>四号リアクター下部遮断弁とリアクター本体との間及び<2>右遮断弁からクーラーポンプに至るサクシヨンパイプ並びに<3>ポンプデリベリ弁の手前には、それぞれクーラーライン洗浄用の高圧ヘキサンによる洗浄ラインが設けられている(別紙第二図参照)。

(ロ) 被告人廣田は、一〇月八日、夕勤時、前記のように四号リアクタークーラーラインの洗浄を行つたが、爆発後の現場の状況としては、前掲司法警察員作成の捜査報告書によれば、右<2>のバイパス弁が閉、<3>のバイパス弁が、開、ポンプデリベリ弁が三分の一閉の状況にあり、一方四号リアクターの現場中間パネルの同リアクター下部遮断弁コツクは閉、六号リアクターの同パネル下部遮断弁コツクは開の状態となつていたので、これが、同被告人の四号リアクタークーラーラインの洗浄を中断した時点における現場の状況であつたと認められる。

(ハ) 一般に右各洗浄ラインによつてクーラーラインの洗浄を行うには、<A>順洗<B>逆洗の二つの方法があり、<A>から<B>の順序で行うのが普通であるが、<A>の手順としては、先ず前記サクシヨン部にある<2>の洗浄ラインのバイパス弁(以下「<2>弁」という)を開いてラインに高圧ヘキサンを流し、現場の中間パネルコツクの当該下部遮断弁コツクを閉じて、高圧ヘキサンをリアクターの下部からクーラーラインを通じてリアクターの上部に向けて流すのであるが、この場合はクーラーポンプの電源を切ることなく、ポンプは回転させたままとし、唯圧力を上げるため、作業員によつては、当初ポンプデリベリ弁を半絞りにしておき、のち徐々にこれを開いていく方法をとることもある。順洗は普通約五分間程度行いこれで詰まりがとれない場合は、<B>の逆洗に移ることになるが、この場合の手順としては、先ずクーラーポンプを停止したのちデリベリ弁を閉じ、次に中間パネルコツクにより下部遮断弁を開き、最後に<3>弁を開いて高圧ヘキサンをリアクター底部へ向けて流すことになつている。

以上の手順から考え、前記各弁の状態は、弁護人ら主張のごとく、一応、四号リアクター下部遮断弁を開くための操作がなされたこと(尤もこの際誤つて六号リアクター下部遮断弁を開いてしまつたことは前述のとおりである)、<2>弁を閉じていること、<3>弁が開となつていることから考え、逆洗の開始ないし終了後の状態であつたとみることも可能であるかのようである。

(ニ) しかしながら、当時四号リアクターの下部遮断弁は現実には被告人廣田の誤操作により閉となつていたから、逆洗が行いえたか甚だ疑問であること、デリベリ弁が三分の一程度しか閉つていなかつたこと(なおこれは逆洗終了後右弁を旧に復するため全開としていた途中であつたと考えられないではないが、後記の洗浄時間との関係上この説は採り難い)、被告人廣田が洗浄に要した時間は大凡午後九時五五分ころから停電の発生した午後一〇時二分ころ迄の間であつたと考えられるが、同被告人がコントロール室から四号リアクターへ行く迄に三〇秒程度を要し、かつ通常順洗には五分程度を費していたことなどからすれば、同被告人が四号リアクターの洗浄にとりかかつてから大体五分後に停電が起きたが、このころは順洗の終了のころではなかつたかと推測されること、同被告人自身検察官に対する昭和五一年四月二四日付供述調書において「逆洗までやつたとの印象もない。」と述べていること、弁護人主張のうち逆洗終了との説をとると、その所要時間は普通二、三分間であるから、順洗後停電中であるのに逆洗を行つていたことになり極めて不自然であること、又その主張中逆洗の始めであつたとする点は十分首肯しうるものがあるが、しかし、被告人廣田ほどの経験者が中間パネルコツクの操作を誤つたことから考えると、これは停電という異常事態に遭遇した同被告人が、慌てて誤操作をしたとしか考えられないこと、順洗終了直前停電となつて作業を中止したと考えてもさして不自然な点がないこと、即ち、この場合はデリベリ側<3>弁の開放は順洗に際しサクシヨン側<2>弁よりの高圧ヘキサンの流量と併せて洗浄の効果を上げる手段の一つと考えられない訳ではなく、サクシヨン側<2>弁の閉止、現場中間パネルの四号リアクター下部遮断弁コツクを開放しようと試みたこと(前述のとおりその際誤つて六号リアクター下部遮断弁コツクを開いてしまつたものである)は、順洗終了直前ころ停電したため<2>弁を閉止し、急拠コントロール室へ立ち戻る途中、原状に復するべく現場中間パネルのコツクを右のように誤操作したものと解する余地があること、そして三交替A班班長の坂井康宏も同様の推定が可能である旨当公判廷で供述していること、などの諸点を総合して考えると、右洗浄ラインの各弁の開閉状態は、洗浄に要する時間との関係や、被告人廣田の誤操作の原因などとの関係上、順洗終了間際ないしその直後の状況を示すものと認めることができる(なお、ポンプデリベリ弁が三分の一閉となつていた点について、弁護人らは前記のとおり、逆洗終了後これを開きつつある途中であつたと主張するが、右認定によれば、順洗の初期絞り込みその後一たん全開としたが停電により<2>弁を閉止した際デリベリ弁についてもこれを閉止しようとしたがその中途でこれを中断したものと推認せざるをえない。)。

従つて、被告人廣田が四号リアクターで洗浄を行つているときには、六号リアクター下部遮断弁は末だ開いておらず、同被告人が流出するヘキサンの臭いを感知しえなかつたのは当然である。

(ホ) 仮りに、弁護人ら主張のように逆洗の開始の初期の時点であつたとしても、前述のとおりこの場合の手順は、クーラーポンプの停止→デリベリ弁閉止→現場中間パネルコツクによるリアクター下部遮断弁の開放→デリベリ側の<3>弁の開放の順序となるが、前掲司法警察員に対する中島嗣詔の供述調書及び通産省事故調査委員会作成の調査報告書によれば、本件自動遮断弁は、コントロール室パネルコツク及び現場中間パネルコツクと内径六ミリの銅管で接続されており、前者から後者迄の長さは約一〇〇メートル、後者から六号リアクター迄の長さは約四〇メートルで、右パイプ内には一平方センチメートル当り四キログラムの空気が封入され、その空気圧で自動遮断弁を遠隔操作する仕組みとなつている。そしてその操作に要する時間は、コントロール室パネルのコツクを操作した場合は、コツク操作後三〇秒でバルブが動き始め、それからさらに三〇秒経つてスラリーが流れ出し、さらに九〇秒後にバルブは全開となること、現場中間パネルコツクの場合は、七秒でバルブが動き始め、その後は右と同様であること、右バルブの開度と流量の関係は右事故調査委員会作成の調査報告書一九頁にグラフで示されているが、その関係はバルブ開度約一〇度に達する迄流量は〇であり、開度四五度で流量二〇パーセント、同六〇度で四〇パーセントという具合に、バルブ開度が増加するに従い加速度的に流量が増大すること、その他右洗浄当時秒速三ないし六メートルの北西風が吹いており、四号リアクターと六号リアクターの位置関係がほぼ東西方向であつて、四号リアクターは六号リアクターの風下ではなかつたこと、などの諸点を考慮すれば、被告人廣田が逆洗に移るべく、誤つて六号リアクターの下部遮断弁を開いたのち、前記の手順に従つて逆洗に入つたとしても、それは停電前一分間に満たない短時間に過ぎなかつたと推認されるから、その際同被告人がヘキサン臭を感知しなかつたとしても少しも不自然ではないというべきである。

(2) 六号リアクターから流出したスラリーの量と、同リアクター下部遮断弁全開後爆発迄の所要時間について

(イ) 前掲科学捜査研究所研究員作成の「検査結果について」と題する書面によれば、事故後六号リアクター上部マンホールをあけてリアクター内のスラリーの残量を調査したところ、その量は約三二・一立方メートルであり、事故当時の容量は大体六二・六立方メートルと推定されるので、流出したスラリーの量は約三〇・五立方メートルであつたとの推定をしている。

しかし、前掲通産省の事故調査報告書は、これも一応の推定ではあるが、本件被災地の面積が約九、〇〇〇平方メートルであるところから、この全面積に拡散をし、本件被害をもたらすには、殆んど全量に近い量が流出したとみるのが相当であり、かつ、右下部遮断弁の全開後は全量が二、三分で流出するほど激しく流れ出すこと及び右リアクター内に相当量のスラリーが残留していたのは、爆発の衝撃により自動遮断弁を駆動する空気筒が損壊して内部の圧搾空気が洩れ、このため同弁は自動的に閉止したが、停電に伴う前記緊急パージにより開かれたブローダウン(スラリー放出ライン)を通じ、大量流出によつて減圧、減量した同容器内に、他のリアクター内のプロピレンなどが逆流し、これらが蓄積された可能性があると考えられるとしている。

(ロ) ところで弁護人らは、右両書面を援用して、結局六号リアクター内のスラリーが全量流出する以前に爆発したものであり、又遮断弁が開く迄に約三〇秒かかり、全開後は二、三分で全量が流出するのであるから、パネルコツクの操作後二分三〇秒程度で爆発したものであると主張する。右の主張のとおりであれば、爆発は午後一〇時八分ころであるから、午後一〇時五分三〇秒ころ、何者かがコントロールパネルの六号リアクター遮断弁コツクを開き、これより先、停電時に被告人廣田の手によつて既に開かれていた現場中間パネルコツクと相まつて、同リアクター下部遮断弁が開いて、リアクター内からスラリーを流出せしめたとの結論に到達することが可能のようにも考えられる。

(ハ) しかし乍ら、前述のように、コントロール室パネルコツクの操作後遮断弁が全開となるまでには、三〇秒+三〇秒+九〇秒の計一五〇秒を要し、全開後全量流出に二、三分を要するとすれば、コツク操作後全量流出迄に四分三〇秒ないし五分三〇秒を要することとなる訳であるから、右主張はその前提において既に失当である(尤も右事故調査報告書もその一二頁においては弁護人らと同様の表現をとつているが、他面一五頁においては六号リアクターより流出開始から爆発寸前の状態となるまで、おそらく四~五分の時間がかかつているものと推定しており、この推定は前掲中島嗣詔の司法警察員調書に照らし、正確なものと認められるが、この推定を前提とすれば、前述のようにコントロール室パネルコツク操作後流出開始まで三〇秒+三〇秒計六〇秒、現場中間パネルコツク操作後、流出開始までなら七秒+三〇秒計三七秒をそれぞれ要することになるから、前記のとおり、被告人廣田が午後一〇時二分ころの停電後、四号リアクターから現場中間パネルのところまで一〇数メートルを移動し、そこで前述のような誤操作をして六号リアクター下部遮断弁を開放し、そのためスラリーが流出したとすれば、停電後五~六分で爆発可能な状態となることとなり、丁度爆発時間である午後一〇時八分ころになる訳である。)。而して被告人山田の検察官に対する昭和四九年六月二六日付供述調書によれば、右事故調査報告書が指摘する、ブローダウンからの逆流の可能性は十分にありえたと考えられるほか、前認定のとおり、原田は全停電法に従つて順次パネル盤上の各種コツクを操作していつたが、四、五号リアクターについては、フイード弁の停止を行い原料であるプロピレン等の供給を停止したが、六、七号リアクターについては、これを行う直前に被告人廣田がガス洩れを急報したので、これに対処すべく、前記のとおり噴散水の措置をとつたところ、その直後に本件爆発が起つたのであるから、六号リアクターについては右フイードラインを通じ原料の供給が行われ、その停止は、前掲消火活動状況報告原紙(前同号の二二)の二〇頁によれば、翌一〇月九日午前六時ころであつたと認められるので、爆発後相当時間同リアクター内に原料等の供給が行われた形跡があること、その他前認定のとおり、リアクター内のスラリーには一平方センチメートル当り一〇キログラムの高圧がかけられているので、当時緊急パージ中であつたことを考慮に入れても、相当に激しく噴出するであろうと推認されること、などの諸点を総合すれば、前掲「検査結果について」と題する書面中六号リアクター内のスラリーの残留量については、事故後のスラリー逆流或いは原料の供給によるものと認めるのが相当であつて、同リアクターから流出したスラリーの量は、前掲調査報告書指摘のとおり、ほぼ全量に近い量がスラリー流出開始後四~五分間で流れ出したと認定しても差支えないものと思料される。してみると、六号リアクター内のスラリーがほぼ半分残留していたことを前提としている点においても、弁護人らの右主張は失当というほかない。

(3) コントロール室パネルコツクの誤操作の有無について

(イ) 一〇月八日夕勤の二BCパネルマン原田雄介が、停電後爆発直前迄に行つた作業は前認定のとおりである。同人は、当公判廷において、事故の前後を問わず、六号リアクター遮断弁のコツクには手を触れたことがないと供述しているのであるが、停電に際し、狼狽の余りこれを誤つて開いた可能性もないとはいえないので、さらに検討をしてみる。

(ロ) 前掲岩崎真光作成の昭和四九年六月二八日付上申書によれば、一、二BCコントロール室一階にある計器パネル盤は有効な高さ二・三メートル、全巾二二・一五メートルで、各パネルマンは自己の担当するパネルの巾約一〇メートル宛をそれぞれ監視しているのであるが、停電に際し、原田が第一に操作した緊急パージ弁のつまみは前述のとおり四、五号リアクター関係計器が主として装着されているパネル(巾約一・二メートル、以下同じ)及び六、七号リアクターの関係計器が主として装着されているパネルにそれぞれ各リアクター毎に一個宛設けられており、右各パネルは四ないし七号リアクター上下遮断弁の各コツクが設けられているパネルの左右に位置しているため、緊急パージについては、右四ないし七号の各リアクター上下遮断弁のコツクが装着されているパネルに手を伸ばす必要がなく、右パネルには、関係がない。唯前記ポイズンコツクのみは、遮断弁コツクと同一のパネル盤上に設けられていて、同パネル中央部には、上から四号リアクタークーラーポンプの電流計とすぐその下に同リアクター遮断弁コツクがあり、以下五ないし七号リアクター関係の電流計と遮断弁コツクが右の順序で縦一列に配置され、四号リアクター遮断弁コツクの右側に向つて左から右へ六号及び四号リアクターの各ポイズンコツクが、又その下の五号リアクター遮断弁コツクの右側に向つて左から右へ七号及び五号リアクターの各ポイズンコツクが、それぞれ設けられている。しかし、右ポイズンコツクは、何れも四ないし七号リアクター遮断弁コツクとはその形状や操作方法が全く異るのみではなく、五号リアクター遮断弁コツクの約三〇センチメートル下方に設けられている六号リアクター遮断弁コツクの左右には、停電に際し原田が操作したコツク類が全くないこと、その後原田が操作したフラツシヤーの緊急パージ弁やフイード弁も、右六号リアクター遮断弁コツクがあるパネルとは異つたパネル盤上にあり誤操作の虞れはないこと、又前記のように、パネル盤は停電時自家発電に直ちに切り換えられ、照明の点で欠けるところがなく、さらに停電時の緊急措置について、スラリークーラー関係のコツクは全く操作する必要がないこと、パネル操作は全てパネルマンが行うのが原則となつており、ときに班長やサブリーダーがパネルマンに断つてパネル操作を行うこともないではないが、本件停電時に、石原班長その他在室の者らが右パネル操作を手伝つたとの証拠がないこと、などの諸点を総合すれば、本件停電時に右六号リアクター遮断弁のパネルコツクが誤操作された可能性はないと断定せざるをえない。

(4) 以上のとおり、本件爆発事故直前の、同日午後一〇時二分ころ起つた停電時においては、コントロール室パネルの六号リアクター上下遮断弁コツクは開いていたと認められるが、なお、被告人山田及び弁護人らは、被告人山田は、一〇月六日午後三時過ぎ、六号リアクタースラリークーラーラインの洗浄を終えたのち、同リアクターの現場中間パネルコツクはもとより、コントロール室パネルのコツクをも閉としたので、一〇月八日朝保全作業にとりかかる際、その閉止を確認しなかつたものであり、コントロール室パネルの右コツクが事故後開となつていたのは、他の者がこの間に開としたからである、とも主張しているので以下に判断する。

(イ) 被告人山田は、昭和四八年一〇月一六日付員面調書で初めてこの点に言及し、以後同年一一月二二日付員面調書においてかなり具体的にその状況につき供述しているが、同年一二月二日付の員面調書においては、六号ではなくて七号リアクターのパネルコツクをしめたのかも知れない旨述べ、同四九年六月二九日付員面調書においては、今までやつたことのないことをしたが、どうしてそうしたか自分でも理由が分らないと述べている。そして同五一年四月二三日付検面調書においては、コツクをしめたかどうか断言する丈の自信がない、しかしコントロール室パネルコツクをしめた記憶が強い、しめた理由は何となく思いついたというしかないと述べ、さらに、同月二六日付検面調書において、一〇月六日にしめたコツクを同月八日朝ハイプレツシヤーをしようと考えてまた開いたが、どうせ無駄だし、他の仕事に時間を費い過ぎたのでハイプレツシヤーを止め、そのまま作業をしたと供述するに至つたが、当公判廷においては、右一〇月八日朝六号リアクターのコントロール室パネルコツクを開いたとの点を否定し、再び従前の供述を維持している。

(ロ) 右のとおり、同被告人の供述は、その結論部分につき捜査段階から公判段階を通じ一応一貫しているようではあるが、コントロール室パネルコツクは日勤の三交替班長ないしパネルマンのみがこれを操作することとなつているのに、何故保全担当の同被告人がそのような操作をしたか、その動機の点の説明が不十分であり、一〇月八日朝当該コツクを再び開いたとの点は、同被告人の同四八年一二月二日付員面調書の記載と対比し措信しえないものであることが明らかであるなど、全体として必ずしも一貫性があるとはいい難い。それ丈ではなく、同被告人は一〇月四日にも前述のとおり六号リアクタースラリークーラーの分解掃除を行つたが、同被告人の同四九年六月二五日付検面調書によれば、この際同被告人はコントロール室パネルの当該コツクを閉にしなかつたと供述していること(尤もこの点に関し、一〇月四日昼勤の班長坂井康宏は、当公判廷において、山田が同日朝分解掃除をするというので、二BCのパネルマンに指示をせず班長である自分がこれをしめたと供述しているのであるが、しかし、同人の同月一〇日付検面調書によれば、同人は右の事実を捜査機関に対し、全く述べていないことが認められ、本件の重大な争点に関し、しかも会社側にとつて有利な右の事実を同人が秘匿していた理由が首肯できず、従つて同人の右公判供述には作為が窺われるので信用できない。)、又坂井の右検面調書によれば、同人は、本件事故後山田に対しサクシヨン弁はしまつていたか、と質問した旨供述しているが、これは、現場中間パネルコツクのみによる一重閉止を前提とする質問と理解され、右によれば当時二BCスラリークーラーの分解掃除に際し、いわゆる二重閉止措置がとられていなかつた事情を窺うに足ること、同被告人は一〇月六日午後当該コツクをしめたのは、いずれ同月八日には分解掃除をする積りだつたから前もつてしめたと弁解するが、スラリークーラー停止法のマニユアル中には(前記作業標準三〇六頁、分類番号三一〇四)、単にリアクタースラリークーラーの出口及び入口の各遮断弁をしめるとのみ記載してあつて、二重閉止については何ら規定していないが、これに反し、分解掃除作業については前記のとおり、二重閉止の要請があるから、同被告人としては、一〇月八日分解掃除の作業開始時に三交替側に対し二重閉止を要請し、かつこれが実行されたか否かを確認すればよい訳で、その二日前の同月六日に職務上の権限を越えてまで二重閉止にしておく必要は全くなかつたこと、一〇月六日昼勤の班長の前記坂井は、当公判廷において、同日午後三時ころ同被告人がコントロール室に来たが、その際山田がパネルコツクをしめるところは見ていないし、同人が勝手にこれを扱うことはありえないと供述していること、その他、その後の経過としても、一月六日夕勤の田中孝重、夜勤の坂本斉の二BCパネルマン二人は、何れも六号リアクターのコントロール室パネルコツクを操作しておらず、翌一〇月七日昼勤の二BC現場パトロールの本井も同勤務中、六号リアクタースラリークーラーの詰り除去のため右ラインにヘキサンによるハイプレツシヤーを施したことがないこと、同日夜勤の坂本斉も右パネルコツクの操作をしておらず、翌八日昼勤の二BCパネルマン桑畑博三、サブリーダー寒川勝幸の両名は何れも右コツクの開閉を確認していないが、同人らは同日朝六号リアクタースラリークーラーラインの分解掃除が行われることを知つていたので、ことさらに右コツクを開くことはありえず、同班班長で死亡した石原も同様であつたと考えられること、などの事情を総合すれば、結局被告人山田の右供述は虚偽であり全く信用しえないものといわざるをえず、又一〇月六日夕刻から一〇月八日の本件事故当時に至るまでの間に、右コツクが何人かの手によりことさらに操作されたとする証拠もないというべきである。

(5) 従前二重閉止の措置がとられていたか否かの点について。

(イ) 前掲検察官に対する涌井良夫の昭和四九年六月一三日付、山川義伸の同月二一日付、田中孝重の同五一年四月一五日付、松本辰男の同月一二日付、桑畑博三の同年五月六日付各供述調書によれば、二重閉止を規定した前記マニユアルの要請に反して、スラリークーラーの分解掃除に際し、コントロール室パネルコツクを開放したまま現場中間パネルコツクを閉止しただけで作業を行なつていたのが本件事故当時の実情であり、二BCにおいてもそのようにして分解掃除が行われていたことが認められる。尤も右同人達は、当公判廷においては何れもマニユアルどおり二重閉止にしていたと供述しているが、右公判供述によつても、山川を除くほかは全て三交替作業員である同人らが、コントロール室パネルの遮断弁コツクの開閉につき、日ごろ関心が甚だ薄く、とくにパネル係の引継ぎに際し、右コツクの開閉の確認がなおざりにされていたことは十分窺うことができ、また同人らは右検面調書について、そのように供述した記憶がないとか、三交替側で行うハイプレツシヤーによる清掃作業について聞かれたと感違いして答えたとか、強い誘導によつて供述したとか陳弁しているが、何れの調書も強制に亘ることなく任意性は十分認められるばかりか、事故の核心に関し、しかも会社や自己にとり不利益な供述であることは良く理解して供述したものと認められるうえ、前記一〇月四日以降本件事故に至る迄の分解掃除の実態にも合致するもので、何れも信用に値いする供述というべきである。

又被告人らの検察官に対する前掲各供述調書中、被告人山田はその各検面調書において、右分解掃除作業に際し、日頃二重閉止が遵守されていなかつたことを明確に認めており、被告人岩崎も又右のような作業の実情をうすうす感じとつていたと述べ、被告人広田も二重閉止が励行されていなかつた趣旨の供述をしており、その認識の程度に若干の差異はあるが、被告人らは、何れも右作業に際し、マニユアル通りにコントロール室パネルのリアクター遮断弁コツクを閉としていなかつた実情を認識していたものと認められる。

被告人らは当公判廷において、右に反する供述をしているが、前段認定の事情に照らし、同被告人らの検察官に対する供述は十分信用しうるものであると考えられる。そして、右のようにマニユアルに反した危険な作業慣行が定着するに至つたのは、前判示のような一・二BCに配置された機器の構造の相違からする作業の平準化や、日勤保全担当側と三交替作業側との作業分担の範囲が必ずしも明確ではなく、現場における作業慣行に委ねられている部分が多く存在したこと、例えば、三交替作業員が直明けの際日勤保全の作業を手伝うことがあつたが、その際、本来三交替側で行うべきものとされているクーラーポンプの分解掃除や、配管の詰まり除去のためのハイプレツシヤーを、保全側として行うことがあつたこと、或いは三交替班長が順次保全の班長となる仕組みであつたため、その間のけじめや、申送りなどが次第に弛緩していつたと認められること、などの原因が挙げられる。

以上により、本件当時、六号リアクター下部遮断弁については、コントロール室パネルの当該コツクは開放されていて、現場中間パネルコツクのみによつて右遮断弁は閉止されていたものであり、かつ、スラリークーラーの分解掃除作業については、右のような取扱いが当時一般的に行われていたものと認められるので、弁護人らの右主張は失当である。

二  被告人らの予見可能性及び注意義務について

(一)  弁護人らは、右主張を前提として被告人らに本件爆発事故につき予見可能性がなかつた旨主張するが、前段認定のとおり、本件事故当時、被告人らは何れもスラリークーラー分解掃除に際し、マニユアルに定められたとおりの二重閉止措置が採られていないことを認識しており、従つて、かかる危険な状態で作業が行われるならば、スラリーの大量流出という事態が発生することは十分予見しえたものといわざるをえず、又被告人らの地位や作業経験からして、右事態から引いて爆発事故を惹起することも予見可能であつたというべきであるから、右主張は失当である。

(二)  次に被告人らの注意義務についても、全て前段認定の、二重閉止の有無を前提としているものであるが、本件当時マニユアルに定めるとおりの二重閉止措置が行われていなかつたのであるから、そのような保全作業の実情であれば、本件の二BC六号リアクターがその機構上二重閉止の構造を有するにも拘らず、被告人ら三名とくに被告人岩崎、同山田について前判示のとおりの注意義務があることは蓋し当然のことといわねばならない。

即ち、右作業の実態に照らせば、マニユアルに規定するとおりに作業を行うことが最も必要なことではあつたが、しかし前判示のとおりの事情でこれが遵守されていなかつたのであるから、

(1) 被告人岩崎としては、先ずもつてマニユアルを遵守するよう部下職員を教育、監督する義務があり、次いで右作業の実情に照らし、遮断弁を唯一閉止している現場中間パネルコツクに労働安全衛生規則二七五条所定の開放禁止の表示をなし、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたものというべきである。

(2) 被告人山田については、

(イ) 弁護人らは、同被告人にコントロール室パネルコツクの閉止につきこれを確認する義務があつたことは認めるが、これを閉止すべき義務迄はなかつたとか、或いは被告人としては、作業開始を三交替作業員の側に通知すれば足りるのであつて、それ以上の義務はないと主張する。

なる程被告人にパネルコツクの閉止を自ら行う義務がないことは弁護人ら主張のとおりであつて、現実にこれを閉止する義務を負うものは三交替作業員中のパネルマン又は班長である。しかし同工場の安全作業基準D保全作業の安全基準(前同号の二一)一四三条の二第一項には、「保全作業責任者(又は代務者……以下同じ)は運転側が行う安全対策に参画、もしくは協力して安全処置の実際を理解し、作業開始前にかならず自身で作業が安全に行われ得る状態にあることを再確認する。」と規定し、第二項において、「保全作業責任者はあらかじめ運転側と打ち合わせた安全対策を含む充分な安全処置が作業中実行されているかよく看視する。」と規定されているのであるから、右規定上、同被告人が本件保全作業につき、コントロール室パネルの当該コツクの閉止を確認すべき義務があつたことは明らかといわねばならず、又その結果これが閉止されていなければパネルマン或いは班長に閉止を要請し、必ずこれを閉止せしめなければ保全作業の安全が保てないことも明らかであるから、右確認義務は閉止義務にかなり近い義務即ち終局的には三交替側をしてこれを閉止せしむべき義務を包含する性質のものと理解すべきである。

(ロ) 又同被告人については、右の一重閉止の実情を前提とすれば、他の方法により二重閉止をする義務があるというべきであり、とくに分解作業を中断した時点におけるサクシヨン弁の閉止は、本件の場合不可欠の処置というべく、仮りに、同被告人が供述するように、サクシヨン弁或いはサクシヨンラインを乾燥する必要があり、同日中にどうしても乾燥過程に入る必要があつたというのであれば、判示のごとく、一たん同パイプを下部遮断弁下のフランジ部分から取り外し、右遮断弁下のフランジ開口部に盲板を打つべきであつたと思料される。同被告人は本件のごとき分解掃除作業の経験が浅く、前記山川の作業手順などと対比して、甚だ杜撰な作業方法をとつていたことは、下部遮断弁の点もさることながら、上部遮断弁の側面について全く注意を払つていなかつたことによつても明らかというべきである(右山川の検面調書によれば、同人は分解作業中エアブローの状態で作業を中断するときは、上部遮断弁直近のフランジ部分にも盲板を打つ旨述べている。)。なお、労働安全衛生規則二七五条所定の開放禁止表示義務については、前記のとおり、被告人岩崎についてのみ認められるもので、被告人山田は独立して右義務を負うものでないと考えられるから、右注意義務については認定しなかつたものである。

以上により、同被告人らについては、前判示のとおりの注意義務があつたと認定した。

三  労働安全衛生法違反の点について

(一)  弁護人らは、(イ)昭和四九年労働省令一九号による改正前の労働安全衛生規則(以下「規則」と略称)二七五条は、本件事故後改正された同条の規定とは異り、二重閉止を要請しているものではないが、本件当時、右二BCリアクターの緊急遮断弁は、コントロール室と現場に設けられた各パネルコツクにより二重に制禦されており、しかも、コントロール室のパネルコツクはパネルマンにより常時監視されていたのであるから、右同所定の要件は充足していた。(ロ)又労働安全衛生法(以下「法」と略称)一二二条はいわゆる両罰規定を置き、法人の代理人、使用人その他従業者が、その法人の業務に関し、法一一九条の違反行為をしたとき行為者を罰するほか、その法人に対しても同条所定の罰金刑を科する旨規定している。検察官は、同条の解釈に関し、右の措置履行者は被告人岩崎であり、その具体的措置としては、規則二七五条三号に定められたとおり、閉止されたバルブ、コツク、盲板の全てに開放禁止の表示をすべきであると主張するが、規則二七五条は本来当該作業に従事する労働者の安全を保護する目的で設けられたものであるから、右措置履行者は被告人岩崎ではなく、被告人山田である。即ち、被告人岩崎は、スラリークーラー分解掃除法なるマニユアルに従つて修理を実施すべきことを決定し、これを保全担当者たる山田に命ずるのみであり、被告人山田は、右作業において具体的方法、順序を決定し、山川を指揮者と定めたり、若しくは自ら作業指揮者となつて、分解作業を実施していたものであつて、山田こそ法一二二条にいう措置履行者である。従つて、被告会社及び被告人岩崎は労働安全衛生法違反の点につき無罪であり、又被告人岩崎の注意義務の内容として右規則二七五条三号の要請する開放禁止の表示を行う義務を認定することは誤りである、と主張する。

(二)  そこでこの点について判断する。

前段認定のとおり、本件当時、二BCリアクター附属の各スラリークーラーの分解掃除については、コントロール室パネルの当該遮断弁コツクが閉止されておらず、とくに本件当日はそうであつたのであるから、設備として二重閉止機構が設けられていたことは前述のとおりであり、二BCの各リアクターは機構上改正前の右規則二七五条が要請するところ以上の実質を備えていたものの、作業の実情では、二BCリアクターの緊急遮断弁は、分解掃除作業中、現場中間パネルコツクのみによつて閉止されていたにすぎないから、これを前提とする限り、右規則二七五条の適用があるのは当然のことと考えられる(なお改正後の現行規則二七五条においては、バルブ・コツクの二重閉止を定め、その各々に開放禁止の表示をなすべきことを定めている。)。

次に、法一二二条所定の措置履行者の点については、同条所定の「法人の使用人その他従業者」の意義はかなり広義であつて、結局その職務との関係で、当該作業において誰が措置履行者であるのかを定める必要があるが、規則二七五条によりその内容が補完される法第二〇条二号(事業者が危険防止のために講ずべき措置)の場合は、所論のように、その性質上必ずしもその作業に直接従事する労働者の安全を保護する目的にのみでた規定とは解し難く、これをも含め、広く労働災害の防止を目的とするものと解しうること、規則二七五条に規定する当該作業の方法及び順序を決定し、その者に同条一号ないし三号所定の事項を行わせるものは誰かというと、被告会社の前記職務権限規定「補修」の項には、修繕個所、方法の決定は係長である被告人岩崎の権限とされていること、本件当日、前記のとおり日勤保全のサブリーダーである山川は休暇をとつて不在であつたため、現場で実際に作業を指揮したのは被告人山田であること(なおこれ迄被告人山田は山川をして作業の具体的指揮をとらせることがあつたが、その場合でも正式の作業指揮者は日勤保全の班長である同被告人であつて、山川は作業の便宜的な指揮者であるに過ぎないと解せられる)、そのうえ、被告人岩崎は、三交替作業班長が作成した事故報告書により、保全作業の個所、方法を決定し、通常の場合はマニユアルに従つて保全作業を行うので、被告人岩崎としては、作業個所を指揮するほかは、作業の方法、順序等は被告人山田に任せることとなろうが、特別の智識、経験を要する部分については、被告人岩崎の有する高度の智識、経験に基く助力、援助が必要となるものと解せられるのであつて、結局、被告人山田は、その経験や作業の能力に鑑み、被告人岩崎の指示に従い、現場で作業員を指揮する作業指揮者にすぎないと認めるほかはないこと、及び被告人山田は自分で独立して閉止したコツクに開放禁止の表示をなす権限などはないものであつて、これが、一・二BCの現場全体を現実に統轄し、保全及び三交替の各作業双方につき指導、監督の権限を有する係長たる被告人岩崎の権限に属することは前述のとおりであること、などからすれば、被告人岩崎こそ本条の措置履行者というべきであるから、弁護人らの右主張は失当である。(なお、以上によれば、被告人岩崎の注意義務の内容として右規定の要求する措置履行義務が加わるのは当然のことというべきである。)。

(法令の適用)

被告人らの判示所為中被告人岩崎真光、同山田敏、同廣田信之の判示第一の各業務上過失致死傷の点はそれぞれ刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、業務上過失激発物破裂の点はそれぞれ包括して刑法一一七条の二前段、一一七条一項、一〇八条、一〇九条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告会社の判示第二の点及び被告人岩崎真光の判示第一の所為中労働安全衛生法違反の点は、それぞれ同法二〇条二号、昭和五二年法律第七六号付則三条により改正前の同法一一九条一号、一二二条、昭和四九年労働省令一九号による改正前の労働安全衛生規則二七五条三号、二号に該当するところ、被告人岩崎、同山田、同廣田の判示第一の各所為はそれぞれ一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により、何れも一罪として刑及び犯情の最も重い石原文夫に対する業務上過失致死罪の刑により処断することとし、所定刑中それぞれ禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人岩崎真光を禁錮一年六月に、同山田敏を禁錮二年に、同廣田信之を禁錮一年二月に、被告会社についてはその所定罰金額の範囲内で罰金五万円にそれぞれ処し、後記情状により同法二五条一項一号を適用して、本裁判確定の日から、被告人岩崎、同山田については何れも三年間、被告人廣田については二年間それぞれ右各刑を猶予する。

(量刑の理由)

本件爆発事故は、その約三か月前の同年七月七日、山口県徳山市にある出光石油徳山工場において石油コンビナート爆発事故があり、関係行政庁などからチツソ五井工場に対しても、高圧ガス製造設備の保安対策について警告が行われ、同工場における設備及び各種マニユアル類を総点検するよう要請があつた矢先の事件である。右警告においては、いずれも石油化学コンビナートにおける災害事故は社会的影響が甚大であつて、現在公害問題とならび保安問題は最重点的な配慮を要すべき事項であることを強調していたのであるが、果せるかな、本件爆発事故により、被告会社五井工場の作業員四名が死亡し、八名が負傷うち六名は全治一か月ないし三か月の重傷を負い、また工場内の被害建物一二棟が損壊するなど、物的損害は約二五億円(うち保険金で一八億円補填)にも及び、さらに本件起訴外ではあるが、その災害は工場の外周半径約一・五キロメートルの範囲に達し、隣接工場七、附近民家一四軒、住民二名が何らかの損害を蒙り、工場の火災は発生後六時間を経過した翌九日午前三時五〇分に至つてようやく鎮火するなど、被告会社の蒙つた損害はもとより、地域社会に与えた影響も軽視しえないものがあつたと認められる。前判示のとおり、本件爆発事故の直接の原因は、被告人廣田の停電時における現場中間パネルコックの誤操作であつたが、これに先行して被告人山田の甚だ杜撰な作業中断行為があつたこと、そして三交替作業員の側においても、コントロール室パネルコツクの閉切りを懈怠した過失があつたと認められること、そして、これらを通じ、被告人岩崎において、係作業員らに対し、日頃マニユアルの手順を遵守するよう厳に教育、監督することを怠つた過失があつたことは疑問の余地がない。本件二BCの機器には当時改正前の労働安全衛生規則が要求する以上の設備がなされていたが、担当作業員の教育、監督が不十分であつて、安全に対する意識が全体として弛緩していたため、折角の安全設備が生かし切れなかつた、というのが事故の真因である。その意味で当時の係長であつた被告人岩崎の責任は重大であるといわねばならない。また被告人山田は、日勤保全の班長としては些かスラリークーラー分解掃除作業の経験に乏しく、その作業中断時の処置につきかなり杜撰なものがあつたことは認めぜるをえないのであつて、とくにサクシヨンバルブを閉止せず、短管を取り外したまま作業を中断するなどという、極めて危険な措置をとりながら、十分な申送りをしなかつた過失は最も重大であり、本件においては被告人山田の過失が最も重いものと認められる。被告人廣田は、本来ありうべからざる誤操作をしたが、折柄停電となつて狼狽したこと、中間パネルのコツクの配置が不適切であつたこと、被告人山田が適切な中断措置を講じておきさえすれば本件事故は回避しえたこと、などを併せ考えれば、同被告人の過失は直接的なものではあるが、他の被告人らに比し軽いといわざるをえない。

しかしながら、本件は、複雑な石油化学コンビナートにおける災害であつて、被告人らの過失のほかにも同工場の組織、設備の面においてこれと競合する不備な諸点があつたことが認められない訳ではなく、これらの諸点については、本件事故後つとに関係各方面から指摘があり、被告会社においても謙虚にこれを受け入れ、巨額の資金を投じ機器、設備を全面的に更新し、また社内の安全組織の再編を計つてきた事実が認められる。また被害者やその遺族に対しては、労災保険のほかに相当額の金員が被告会社から支払われており、被害者側の宥恕もえられていることが窺われるほか、被告人らは元より前科、前歴等一切なく、それぞれ入社以来一貫して真面目にその職責を果してきたものばかりであり、その上司らにおいても、当公判廷において、同被告人らが同社の貴重な人材であるためその前途を案じ寛大な処分を願つているなど、同会社においても前記甚大な損害にも拘らず、同被告人らを宥恕している事情が認められないではないこと、被告人ら三名について反省、改悟の情汲むべきものがあることなど、被告人ら及び被告会社にとり有利な事情も多々認められるので、以上のほかその他諸般の情状を考慮して、前記のとおり刑の量定をなし、被告人岩崎、同山田、同廣田についてはとくに刑の執行を猶予することとした。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木勝己 今井俊介 小林崇)

別紙第一図(爆発現場略図)<省略>

別紙第二図<省略>

別紙第三図 現場中間パネル表示<省略>

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